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名古屋地方裁判所 昭和45年(む)570号 決定

被疑者 金今童 外二名

決  定

(被疑者等氏名略)

右被疑者三名に対する関税法違反被疑事件について、昭和四五年七月三一日名古屋地方裁判所裁判官がなした勾留請求却下の裁判に対し、名古屋地方検察庁検察官から適法な準抗告の申立があつたので、当裁判所は次のとおり決定する。

主文

原裁判を取消す。

理由

本件準抗告の申立の趣旨および理由は、検察官提出にかかる準抗告申立書および勾留却下の裁判に対する準抗告理由の追加申立書記載のとおりであるから、ここにこれを引用する。

よつて判断するに一件記録によると、被疑者金今童、同李春五の両名においては、いつたん水上警察署に任意同行された後、右金今童においては昭和四五年七月二九日午前零時頃、右李春五においては同零時三〇分頃名古屋税関に同行されたのであるが、この間において捜査手続に違法性を疑わしめる事実は見当らないし、又原決定においてもその間の手続について違法であつたとはしていないので、以下右税関に同行されてから後の手続について、右両名より少し前に右税関に同行されていた被疑者金治夫に対する手続と併わせて、その間に原決定の言う如き本件勾留請求を違法ならしむるような重大な違法があつたか否か考えることとする。而して一件記録を詳細に検討するに、被疑者らが同日午前六時頃になつて本件犯行を自供しはじめ、同日午前七時四五分に緊急逮捕されるに至るまでの間、被疑者らによれば何度か帰してくれと申し述べたと言うのであるが、この点は直接取調べに当つていた捜査官ははつきり否認しており、右被疑者らの申述をにわかには措信し難いし、被疑者金治夫に対しては、その間二度にわたつて自宅に電話することを許可していること、被疑者李春五については同人の希望により、被疑者らの乗船していた事務長を通訳兼附添人として、本格的に取調を開始した同日午前三時頃から同事務長の帰船時間である同午前五時頃までの間立ち合わせていること、その後代りの通訳官がくるまで、同人に対して休けい室へ入つて休むように言つたが、同人がこのままでよいと言つて椅子に坐わつたまま休けいしていること、被疑者らによるも格別暴行なり脅迫なり或いはそれに類するようなことが取調官により行われた事実は何らでてきていないこと、その他諸般の事情を考慮すると、右税関における被疑者らに対する取調が、いわゆる任意捜査の限界を超え、原決定の認める如き事実上の逮捕行為があつたものとは未だ認められない。もつとも夜間比較的長時間にわたつて取調べを継続したことは、それ自体をとらえるとその違法性を疑わしめる一つの根拠ともなるように思われるが、本件被疑者二名は外国船に乗船中の者で、右船は当日中に出航する予定であつたこと、従つて一刻も早くその嫌疑の有無を確める必要性があつたことを考えれば、夜間の取調も被疑者らの各別の反対がない限り己むを得なかつたものと思われるし、又被疑者ら三名が当初どのようなでたらめの弁解をしたかはさておくとしても、その述べる供述の内容を対照検討したり証拠物から検出された指紋と被疑者らの指紋の対照をしたりするのにかなり時間のかかることも推測するに難くなく、従つて又単に自白のみを追求してその目的の下に不当に長く取調を継続したとも認め難い。

従つて当裁判所としては、本件逮捕手続に、勾留請求を違法とせしめるような重大な違法があつたものとは認めることができない。而して一件記録によれば被疑者らには本件被疑事実を犯したと疑うに足りる相当の理由があり、且つ刑事訴訟法第六〇条第一項第二号、第三号に該当する理由があるものと認められるので、結局本件準抗告の申立は理由があるから同法第四三二条、第四二六条第二項により原裁判を取消すこととし、主文のとおり決定する。

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